『汝、星のごとく』は、2023年に本屋大賞受賞した、凪良ゆうさんの小説です。
2026年10月9日に映画公開予定で、主演は広瀬すずさんと横浜流星さん。
『流浪の月』(凪良ゆう原作)でも共演したおふたりが再び共演されると知り、個人的にはとても嬉しく思いました。
何度も読み返している大好きな作品なので、映画公開が今から楽しみです。
あらすじ
「わたしは愛する人のために人生を誤りたい。」
美しい海と空が広がる、瀬戸内のとある島で生まれ育った暁海(あきみ)と、母の恋愛に振り回され転校してきた櫂(かい)。
ともに家庭に恵まれずわだかまりを抱える2人は、互いに唯一の心の支えとなり、恋に落ちる。
ときにすれ違い、ぶつかり、成長していく。
生きることの自由さと不自由さを描き続けた著者がおくる、あまりに切ない愛の物語。
大好きな作品だけど、正直読み進めるのはしんどかった。
この物語は、基本的にはずっと苦しい。
簡単には突き放せない家族という存在や、閉鎖的な島の人間関係に傷つけられながら、
ふたりは学生時代を過ごす。
大人になってようやく少し救われたと思っても、また別の試練がやってくる。
それでも共感できる部分や、考えさせられる部分が多く、一緒に苦しみながら最後まで一気に読んでしまった。
この作品に出会って、私は優しさと弱さの境界線について考えるようになった。
個人的に5本の指に入るくらい好きな小説なので、私なりに感じたことや気づいたことをまとめたいと思います。
ここからはネタバレを含みます。
感想
一番好きな場面
私が一番好きな場面は、暁海は刺繍、櫂は文章を書いている時間。
同じ空間にいながら、お互い自分の好きなことに夢中になっている。
親に振り回され続けてきたふたりにとって、
ささやかでも「誰のためでもなく、自分のためだけに過ごす時間」はとても貴重だったのだと思う。
言葉を交わさなくても、相手のために何かをしてあげなくても、その時間はお互いにとって穏やかで自由な、かけがえのない時間だった。
そして当時は気づいていなかったとしても、その時間はふたりの未来を支える大切なものになっていた。
悲しい出来事の多い物語だからこそ、そのことに少しほっとする。
一番苦しかった場面
私はこの作品の中で、尚人の死が一番苦しかった。
尚人は、何も悪いことをしていないのに、愛する人と二度と会えなくなり、世間から差別と偏見の言葉をぶつけられ、自分だけではなく苦楽をともにした親友の仕事までなくなり、心が壊れてしまった。
部屋のカーテンを閉め切って、ゲームの世界にのめりこみ、現実逃避していた。
尚人が死ぬ前日、櫂は久しぶりに尚人とふたりで酒を飲んだ。
胃がんの櫂はもちろん、精神的な病気で薬を服用している尚人も、本当は酒を飲んではいけない。
それでもその夜だけは、お互いが一番大切に思う人たちが、遠い場所で幸せに生きていることを確かめ合い、祝杯をあげた。
そして、「2人でもう一度漫画を描いてみよう」と話す。
これまで引きこもりで、何度も自殺未遂をして、漫画からは距離を置いていた尚人が、一歩踏み出すかもしれない。少し希望が見えた瞬間だ。
それなのに、翌日尚人はこの世から去ってしまい、メモを残していた。
櫂、また一緒にやろうと言ってくれて嬉しかった。
楽しかった。満足した。もういい。
このメッセージは、あまりにも辛い。
久しぶりに現実を見つめた夜、愛する人の元気な姿を確認して、親友に真剣に一緒にやりなおそうと言われ、心が満たされたはずだった。
人の命というのは、本当に儚い。
現実はあまりにも残酷で、尚人にとって、少し嬉しいと思えることがあっても、「明日も生きてみよう」と思えることは、別の問題だったのだと思う。
心に残ったセリフ
心に残るセリフはたくさんあるが、特に好きなセリフをふたつ紹介したい。
ねえ暁海ちゃん、いざってときは、誰になんて言われようと好きなことをしなさいね。
怖いのは、えいって飛び越えるその一瞬だけよ。飛び越えたら、あとはもう自由なの。
瞳子が、暁海に言うセリフだ。
私も大人になった今、この言葉の意味が本当によくわかる。
暁海は、それが正論だとわかっていても、自分のやりたいことのために親との関係を簡単に断ち切ることはできない。
「そんな辛い現実なら、逃げてしまえばいいのに。」と読みながら何度も思うが、暁海はなかなか高いハードルを飛び越えることができない。
でも、そのがんじがらめの気持ちも理解できる。
そんな暁海が、やっと飛び越えることができたのは、櫂の病気がわかった時だった。
そんなときでさえ、まだ少し躊躇していた暁海に、北原先生は言う。
正しさなど、誰にもわからないんです。だから、きみももう捨ててしまいなさい
そして航空券を手配して、荷物をまとめさせた。
暁海が「えいっ」と飛び越えられるように背中を押したのは、北原先生だった。
北原先生は、相手の気持ちを汲み取るのがとても上手い。
そして、相手が本当に必要としていることを見極め、迷いなく行動に移すことができる人だ。
だからこそ彼の言葉はいつもシンプルで、迷っている人の心にまっすぐ届くのだと思う。
『汝、星のごとく』が教えてくれた優しさ
優しさって何なのかということを考えさせられる小説だった。
私が一番好きな登場人物は北原先生だ。
彼がいなければ、暁海も櫂も、暗いトンネルの中から抜け出せなかったと思う。
北原先生は、自分ができることをできる範囲でする。
なんでも受け入れる都合のいい人ではなく、誰かを救うために、優しさを行動に移せる人。
作中で瞳子は櫂に
きみのそれは優しさじゃない。弱さよ
と言う。
暁海と櫂は、親の八つ当たりや、理不尽なこと、搾取されることに耐えて、許して、なんとか相手を傷つけないように生きてきたから、優しさと弱さが一緒になってしまう。
我慢して受け入れることに慣れすぎて、それを誰かにしてあげることを優しさだと思ってしまう。
でも瞳子や、北原先生のように、実際にふたりに手を差し伸べて救ってくれる優しさは、強さがある。
自分を犠牲にするのではなく、冷静に俯瞰で見て、最善策を考えて、そのとおりに行動する。
そんな余裕がもてるのは、やはり自立しているからだろう。とくにお金の部分で。
わたしは仕事をしていて、それなりの蓄えもある。
もちろんお金で買えないものはある。でもお金があるから自由でいられることもある。
たとえば誰かに依存しなくていい。いやいや誰かに従わなくていい。
それはすごく大事なことだと思う。
瞳子の言葉だ。
特別お金持ちにならなくても、自分の生活を自分の稼ぎでできること。
それが自由であり、自立である。
そういうことを瞳子は教えてくれる。
瞳子は大切なことをたくさん教えてくれて、素敵な人だけど、暁海にとっては自分の父親の不倫相手でもある。
暁海の家庭を壊した張本人という点では、恨んでしまってもおかしくないのに、刺繍の先生として、身近な人生の先輩として慕っている。
それは暁海の優しさでもあるし、最初は我慢するという弱さでもあったと思う。
でも瞳子に出会ったことで、本当にやりたいことを見つけて、自分の道を切り開くことができたのだから、その優しさは強さになっていったんだと思う。
『汝、星のごとく』の世界観が美しい理由
作中には描かれていませんが、読後に個人的に気になって調べたり、考えたりしたことをまとめました。
舞台となった島は?
愛媛県今治市周辺の瀬戸内海の島々が舞台であることは作中で描かれていますが、島の名前は明かされていません。
私は今治から来島海峡大橋を渡った先の島々を地図で調べ、「大島」ではないかと思いましたが、ファンの間では「高根島(こうねしま)」ではないかとも言われています。
おそらく作者は、あえて特定の島ではなく、普遍的な「瀬戸内の島」として描いているのだと思います。
それでも、作中には島の風景について美しい描写がたくさん登場します。
いつか実際に訪れて、瀬戸内海の穏やかな海や夕凪を感じてみたいです。
登場人物の名前に込められた意味
「櫂」は、船を進めるために水をかく道具(オールやかじ)のこと。
櫂には「自分の力で人生を切り拓き、前へ進んでいく」という意味が込められているように感じます。
一方、「暁」は、夜が明けて空が白み始める前のほの暗い時間帯を指す言葉です。
明け方に東の空で輝く金星は「明けの明星」と呼ばれますが、「暁の明星」と呼ばれることもあります。
作中で何度も登場する「夕星(ゆうづつ)」も同じ金星のことで、こちらは夕方、日が沈んだあと西の空に見えるため、「宵の明星」と呼ばれています。
「暁」には、「待ち望んでいた物事がついに実現するその時」という意味もあります。
ふたりの名前は、島の美しい情景にそっと溶け込むようで、この物語の世界観をより印象的なものにしています。
名前の意味を知った時、登場人物ひとりひとりを大切に描こうとする凪良先生の思いを感じました。
また、金星はこの物語を象徴する存在でもあります。
高校生の頃、浜辺でふたりが一緒に見上げた一番星。
離れ離れになったあとも、お互いがどうしようもなく苦しい時、同じ金星を見上げる場面が描かれます。
そして最期の瞬間にも、ふたりの頭上には金星が輝いていました。
どこにいても見える一番星の存在は、切なくて苦しいけれど、どこか美しいこの物語そのものを表しているように思います。
物語の構成が美しい
この物語はプロローグ、1章「潮騒」、2章「波蝕」、3章「海淵」、4章「夕凪」、そしてエピローグに分かれています。
それぞれの章の題名はすべて海に関係する言葉で、その時々のふたりの人生や心の動きをぴったりと言い表しているように感じました。
潮騒 … 潮の満ちてくる時に、波が音をたてて騒ぎ立つこと。また、その音。
波蝕 … 波の力によって陸地や岩石が削られる現象
海淵 … 海底の地形の中で「海溝」の中の特に深く落ち込んでいる場所
夕凪 … 海岸地方において夕方に海風から陸風へ入れ替わる際、風がぴたりと止み、海面が穏やかな無風状態になる自然現象。瀬戸内海沿岸の「瀬戸の夕凪」は有名。
そして、プロローグと、エピローグについて。
内容はほとんど同じです。
でも、登場人物たちの関係性や出来事を知らずに読むプロローグと、すべてを知ったあとに読むエピローグでは、見えてくる景色が違う。
同じ文章でも、登場人物たちの感情や、その場で飲み込んだ言葉まで想像できるようになり、物語の解像度が少しだけ上がったように感じる。
閉鎖的な島で噂話に苦しめられてきた暁海は、もう他人に理解してもらうことを強く求めていないのだと思う。
ただ、大切な人とだけわかり合えればいい。
そんな穏やかな境地にたどり着いたことが伝わってくる。
そして読者の私も、その小さな輪の中で、少しだけ見守らせてもらえたような気持ちになる。
この構成がとても素晴らしいと思う。
『汝、星のごとく』が好きな人におすすめの本
『星を編む』/凪良ゆう
『汝、星のごとく』の続編。
語りきれなかった北原先生の過去、編集者たちの物語、暁海のその後のおはなしです。
完結したと思っていた『汝、星のごとく』ですが、『星を編む』まで読むことで本当に完結した思いました。
すべての『汝、星のごとく』ファンにおすすめです。
『暁星』/湊かなえ
物語は、宗教団体と深い関わりがある政治家が殺害されることから始まる。
手記と、小説の2部構成になっていて、この小説の中でも「金星」はとても大切なテーマになっています。
母親が宗教にハマってお金を使い込んでしまう部分や、親に振り回されるこどもたちという点でも、『汝、星のごとく』との共通点があります。
この本をよむと金星に対して、さらに特別な感情を抱くことになると思います。
『流浪の月』/凪良ゆう
冒頭でも紹介した、凪良先生の映画化された作品。
「家族ではない、恋人でもない。だけど文(ふみ)だけが、わたしに居場所をくれた。」
小学生の家出少女・更紗(さらさ)と、大学生の文(ふみ)。
ふたりの関係は、世間からなかなか理解されません。
このふたりも他人の憶測や善意に苦しめられます。
それでも、お互いだけは相手をありのまま受け入れていることに、救われる作品です。
愛には恋愛や家族愛だけではない、たくさんの形があることを教えてくれました。
『対岸の彼女』/角田光代
家庭の事情に絶望を抱えた2人の女子高生が起こした事件を描いた作品です。
『汝、星のごとく』では、櫂や暁海がどれだけ振り回されても親を傷つけたくないと思うように、彼女たちもまた、家族に対して複雑な思いを抱えています。
高校生のふたりの優しさもまた、瞳子さんからすれば弱さだと言われてしまうものかもしれない。
でも、正しさだけでは、生きていけない。
共通するテーマがあると思いました。
『汝、星のごとく』で涙した方は、こちらの作品もハンカチ必須です。
まとめ
映画化のキャストが続々と発表されていますが、個人的には瞳子さん役が石田ゆり子さんだと知り、とても嬉しかったです。
ショートカットや麻のワンピース、自分のお気に入りのもので丁寧に暮らしを整える姿は、私の中では石田ゆり子さん以外考えられないくらいぴったりでした。
映画でどこまで描かれるのか。
そして、美しい島の風景をスクリーンで見られる日が今から楽しみです。
この作品は、優しさとは何かについて深く考えるきっかけを与えてくれました。
読み返すたびに、まるで自分の記憶だったかのような懐かしさを覚え、少し感傷的な気持ちになります。
そして私は、北原先生のように、大切な人を守れる強さを持った大人になりたいなと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
みなさんは、この物語のどのシーンが一番心に残りましたか?
よかったら感想をコメントで教えてください。
この物語の余韻をもう少し味わいたい方は、ぜひ続編『星を編む』も読んでみてください。
『汝、星のごとく』では語られなかった登場人物たちの過去や、その後の日々が描かれ、この物語が本当の意味で完結したように感じられる一冊です。
『星を編む』を読まれた方も、これから読もうと思っている方も、よかったら感想記事もあわせてご覧ください。


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