30歳から読書を始めて、人間関係が少し楽になった話

私が読書を始めたのは30歳になってからだ。

それまでの私は、本を読む習慣がほとんどなかった。

読書を始めてから、他人の言動に対する捉え方が少しずつ変わった。
本を読むと、自分とはまったく違う価値観や人生に触れることになる。
さまざまな本を読むうちに、以前はよく分かっていなかったことが、少しずつ腑に落ちる瞬間があった。

ひとつは、「余計なことを言わないこと」

もうひとつは、「人の愛を否定しないこと」

どちらも当たり前のことかもしれない。
でも、昔の私はあまり分かっていなかった。

今日はそんな話をしたい。


読書をはじめて人間関係が良くなった

人間関係を良くするために本を読んでいたわけではない。

人とのコミニュケーションに関する本を、読んだこともあるし、それがためになったこともあるけど、ここで話したいのは、そういうテクニックの話ではない。

人生における他者との繋がりの重要性や、人間関係において大切なことは何か、愛とは何か、そういう答えが難しい問いに対して、突然ひらめくように理解した瞬間があった。

人間はひとりでは生きられない。

これは、「社会全体が私たちの衣食住を支えてくれているので、1人で全ての仕事をこなすことが難しいから」という意味でもあるし、「孤独に耐えられないから」という意味でもある。

では、人と人との繋がりにおいて大切なこととは何か?

「余計なことを言わない」

私は、人との関係において、とても大切なことだと思っている。

まず余計なことを言われたら、当たり前だが、感情はマイナスに傾く。

余計な言葉を発した本人には大したことではなくても、受け取る方は、どんどん負の感情が大きくなり、やがて憎しみに変わることもある。

そして、言った側も余計なことを言ってしまったと後から気づいた日は、夜眠れなくなる。
悔やんでも言葉は回収できない。

若い頃は友達相手に、後日謝ったこともある。でも関係性によってはそれも難しい。
1人反省会は本当に辛いし、そんな夜は1日でも少ないほうがいいにきまってる。

これは「余計なことを言った場合」の負の感情の話。

「言わなかった場合」の正の感情についても話したい。

それは、相手のために「何を言うか」ではなく「何を言わないか」ということ。

なぜ「何かをしてあげること」ではなく、「しないこと」なのか。

もちろん、受け取る方は、「自分のために言ってくれた言葉」は伝わっても、
「言わなかった言葉」は伝わりづらい。

これは当然のことだ。

でも、時々ふと、大好きな友人や、こどもの頃親から向けられた温かい眼差しを思い出すことがある。

その当時は分からなかったけど、
「今思えば、あのとき、あえて何も言わずにいてくれたのかな?」とか
「ゆっくり言葉を選んで、削ぎ落として、シンプルな言葉に変えて伝えてくれたんだな。」
と気づくときがある。

実際には、私の想像にすぎず、本人が意図していないこともあると思う。
みんなが過去を振り返って、じっくりと「何を言葉にしなかったか」について、考えてくれるわけでもない。
そして、別に「自分があえて口にしなかったこと」について、気づいて欲しいということでもない。

ただ、私は、その空白にこそ愛と優しさがぎゅっと詰まっている気がして、
「あの人には敵わないな。」と尊敬の気持ちが溢れてくる。

私もいつかだれかにとってそんなふうに思ってもらえるかっこいい存在になれたらいいなと思う。

小説を読むと、登場人物たちの心の中が描かれる。

だから、「本当はこう思っていたけれど言わなかった」ということを知ることができる。

現実では、相手が何を飲み込んだのかは分からない。
でも小説の中では、その沈黙の理由や葛藤が描かれる。

私はそれを読むたびに、人との関わりの中で本当に大切なのは、
「何を言うか」だけではなく、「何を言わないか」なのかもしれないと思う。

そして現実の人間関係でも、相手が口にしなかった言葉や、
あえて飲み込んだ気持ちに想像を巡らせるようになった。

読書を始めてから、言葉そのものよりも、その奥にある沈黙や余白に目が向くようになった気がする。

「人の愛を否定しない」

いろんな本を読むことで、愛についての解像度があがり、
たくさんの種類があるということを、本当の意味で理解できたと思う。

家を例に、いままでの私が愛をどう捉えていたのか話したい。

家にはいろんな種類がある。
大きな家も小さな家もある。
戸建てだけではなく、マンションもあるし、
あるいはテントや路上であっても生活している人がいれば、家だ。
お城も住んでいるなら家だし、動物にとっての家もさまざまだ。

でも、もし鳥を知らなければ、鳥の巣を見ても家だとは思わないかもしれない。

わたしにとっての愛は、そんな感じだったと思う。

今まで大切な人に、自分にとっての愛の定義を押し付けて、
「それは愛じゃない」とか「愛があればこういうことはしないはずだ」と
ひどい言葉を言ってしまったことがある。

自分が未熟で、自分の愛こそが正しいはずだと思い込んでいたからだ。

1人の人間の中でも、パートナーへの愛と、我が子や親、ペット、友人、推し、物、国や世界や文化。
それぞれにむけられる愛の種類は全部違う。

「歪んだ愛」という表現があるけど、逆に整った愛ってなんだ?とも思う。

みんな少しずつ歪なのだと思う。

それを受け入れるには、いろんな愛を知る必要がある。

そういう面で、本を読むことはとてもいい。

包み隠さず言語化してくれる場合もあれば、「なぜ愛する人にその言動をとったのか?」とこちら側に考える余白を与えてくれることもある。

いろんな愛があるということ自体は、なんとなくみんなわかっていると思う。
でもまるで実体験であるかのように、いろんな人に感情移入して愛に触れる機会は、大切だと思う。

そのことに気づいたのは、ちょうど身近な人間関係について悩んでいた時期だった。

近ければ近いほど、自分の中の「愛の正解」を相手に求めてしまうことがある。
私はそうだった。

考えを改めたあと、次にその人と会った時、なぜか関係が少し良くなっていた。
何か特別なことをしたわけではない。
ただ、自分の見方が変わっただけだった。
でも、それだけで自分自身ずいぶん楽になった。

もし今、人間関係に悩んでいる人がいるなら、相手の愛し方を少しだけ想像してみるのもいいかもしれない。


おすすめの本3選

ここまで書いてきたことは、特定の一冊から学んだわけではなく、
たくさんの本を読む中で少しずつヒントを得て気づいたことです。

その中でも、人間関係について考えるきっかけになった本を3冊紹介します。

この本に出会えて良かったと、本棚に並んでいる姿を見るたびに思う、愛おしい本たちです。

暁星(あけぼし) / 湊かなえ

前半は、ある事件を起こした男性の手記。
後半は、その現場にいた女性による小説。

同じ出来事を描いているにもかかわらず、まったく違う物語として成立している二部構成の作品です。

私にとっては、「言葉にしない部分にこそ存在する愛」について考える大きなきっかけになりました。

読み終えたあと、思わず最初から読み返したくなる一冊です。

感想や考察については別の記事にまとめているので、すでに読了した方やネタバレが気にならない方は、こちらもぜひ読んでみてください。

▶︎『暁星』感想・考察記事はこちら

流浪(るろう)の月 / 凪良ゆう

「家族ではない、恋人でもない。だけど文(ふみ)だけが、わたしに居場所をくれた。」

小学生の家出少女・更紗(さらさ)と、大学生の文(ふみ)。

ふたりの関係は、世間からなかなか理解されません。

読んでいる途中、ふたりがお互いにとってどんな存在だったのか、何度も考えてしまいました。
でも読み終えたとき、愛には恋愛や家族愛だけではない、本当にたくさんの形があるのだと改めて感じた作品です。

映画化もされているので、小説が苦手な方は映画から入るのもおすすめです。

神様のビオトープ / 凪良ゆう

幽霊になってしまった夫と暮らす主人公・うる波(うるは)。

不思議な設定の物語ですが、読み終わる頃にはすっかりその世界に引き込まれていました。

作中には、恋愛だけではないさまざまな愛の形が登場します。

そのどれもが、どこか切ないけれどあたたかい。

個人的には、うる波と夫の穏やかで確かな絆や、登場人物たちへの思いやりにあふれた言葉選びがとても好きでした。

「愛すること」や「大切に想うこと」について、静かに考えさせてくれる一冊です。


まとめ

30歳を過ぎてから読書を始めて、一番変わったのは知識の量ではなく、人との向き合い方だった。
自分とは違う価値観や人生に触れることで、人を理解しようとする視点を与えてくれた。

もちろん、すべてを理解することなんてできない。

それでも以前より、「自分の正しさ」だけで人を見ることは少なくなったと思う。

もし今、人間関係に悩んでいる人がいたら、答えを探すためではなく、
誰かの人生を覗いてみるために本を開いてみるのもいいかもしれない。

思いがけないところに、自分を楽にしてくれる考え方が見つかることがある。

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