『自分とか、ないから。』感想|昨日の私と今日の私は、別人でもいい

『自分とか、ないから。』は、東洋哲学や仏教の考え方を、イラストを交えながら驚くほどわかりやすく紹介した一冊です。

この本を読んで、私が一番印象に残ったのは、「本当の自分なんてない」というブッダの教えでした。

みなさんは、「昨日の自分」と「今日の自分」が別人のように感じることはありませんか?

また、本当の自分とは何かを求めて自分探しをしたり、過去の自分の言動に整合性を持たせなければと苦しんだり。

そんな風に生きてきた私に、この本は「自分」を少し違う角度から見つめ直すきっかけをくれました。

もし同じように悩んだことがある方なら、きっと心に残る一冊だと思います。

この記事では、本の内容とあわせて、私が特に心に残ったことを紹介します。


「昨日の自分」と「今日の自分」が別人に感じる

私は昔から、過去の自分と今の自分が、同じ人間とは思えないことがあります。

昨日までは何もやる気が起きず、

「今日は何もできなかった。」

「自分は何の役にも立てていない。」

そんなふうに落ち込んでいたのに。

翌朝、なぜかすっきり目が覚めて、

愛犬と散歩へ行くと、いい天気で風も心地よくて、愛犬も楽しそう。

すれ違った人と笑顔で挨拶を交わしただけで、不思議なくらい前向きな気持ちになっていく。

家に帰る頃には、

「今日はちょっと豪華な朝ごはんを作ろう。」

「やることを書き出してみよう。」

そんな気持ちになって、どんどん行動できることがあります。

もちろん、その逆もあります。

何日も頑張れていたのに、急に気分が沈むこともある。

だから私は、「やる気は待っていても来ない。とにかく行動しよう」という言葉を聞くたびに、少し苦しくなることがありました。

私には、「待っていたら突然やる気が湧いてくる日」が、本当にあるからです。

そして無理やり体や心に鞭打って頑張った日は、あまり成果がでず、やる気が湧いてきた日は、アイディアが次々と湧いてきたり、効率的でミスのない仕事ができたり、何倍も捗るのです。

そんな私が、本屋で偶然見つけた一冊が『自分とか、ないから。』でした。

表紙にはゆるいイラストが描かれていて、東洋哲学の本とは思えないほど親しみやすい雰囲気。

仏教や東洋哲学についてほとんど知識がありませんでしたが、「ちょっと読んでみようかな」という軽い気持ちで手に取りました。

でも読み終えた今では、「もっと早く出会いたかった」と思える本になっています。


東大卒の著者が東洋哲学にたどり着くまで

著者のしんめいPさんは、本の冒頭で自分の経歴を紹介しています。

東大に合格し、就職し、結婚もし、一見すると順風満帆な人生。

けれどその後、仕事も家庭も失い、実家に戻り、虚無のような毎日を送ることになります。

最初は自己啓発本を読み漁ったそうですが、だんだん読めなくなり、西洋哲学へ。

デカルトやカント、ヘーゲル、ニーチェ……。

けれど、西洋哲学はあまりにも難しく、自分の生きづらさへの答えは見つかりませんでした。

そんなときに出会ったのが東洋哲学だったそうです。

「本当の自分とは何か。」

その問いに、東洋哲学は何千年も前から向き合っていました。


「本当の自分」は存在しない?東洋哲学の考え方

「昨日の私」と「今日の私」が別人に感じることがあるとざっくりと思っていた私に、この本は新しい視点をくれました。

東洋哲学では、「固定された自分」という考え方そのものを疑います。

自分は誰なのか。

その問い自体が、実は成立しないのではないか。

例えば、結婚式の日の私は、人生で一番たくさんの人に祝福される「花嫁」でした。

でも翌日になれば、ドレスを脱いで、いつもの日常に戻ります。

昨日の私は、本当の私だったんだろうか。

それとも、今日こうして洗濯をしている私が、本当の私なんだろうか。

学生服を着れば「生徒」になり、アルバイト先の制服を着れば「店員」になり、家へ帰れば「娘」になる。

同じ人間なのに、立場も振る舞いも、心の状態まで変わっていく。

そう考えると、「これが本当の自分です」と一言で言えるものなんて、あるのでしょうか。

この本を読んで、「昨日と今日の自分が違って感じる」のは、おかしいことではないのかもしれないと思えました。


この本の魅力

この本は、難しい哲学を現代の感覚で説明してくれます。

そして、「哲学」と聞くと茶化してはいけない、生真面目な本なのではないかと敬遠されがちだと思うが、

この本は全然真面目じゃない。むしろずっとふざけている。笑

でもちゃんと伝えたいことを伝えるために真面目にふざけている感じ。

何回も声を出して笑いました。

大人はもちろんですが、きっと小中学生が読んでも楽しめると思います。

お気に入りの思想

「空」この世はすべてフィクション

龍樹という思想家は「空(くう)」という考え方を説きました。

最初は「何もない」という意味なのかと思いましたが、そうではありませんでした。

「空」とは、この世にあるものはすべて固定されたものではなく、関係性によって姿を変えていくものだという考え方です。

例えば、友達だった人が恋人になり、夫婦になり、また他人になることもあります。

同じ人でも、その関係性は時間とともに変わっていきます。

つまり、「友達」「夫婦」といった肩書きは永遠に存在するものではなく、その時々で私たちがそう呼んでいるだけであって幻にすぎない。

だから、この世は”固定された現実”ではなく、”一種のフィクション”だと考えるのです。

著者は

「龍樹は論破王。すごいけど、あんま友達になりたくない。」

「そう、ひろゆきである。」

なんか似てない?と同じポーズをした龍樹とひろゆきのシュールなイラストとともに説明してくれる。

思わず笑ってしまいました。


「縁起」──私たちは本当は全部つながっている

「空」の考え方と一緒に紹介されるのが、「縁起(えんぎ)」です。

縁起とは、「すべてはつながっている」という考え方

本書では、境界線そのものが人間の作ったものだと説明されます。

例えば、富士山とエベレスト。

私たちは別々の山だと思っていますが、地球という一つの大地の上にあります。

日本とアメリカも、海を隔てた別の国のように感じますが、海を「陸の上にある大きな水たまり」と考えれば、世界は一つにつながっています。

そして、その考え方を突き詰めていくと、自分と宇宙さえも切り離された存在ではないという発想になります。

著者は、

日本にすんでて、「日本旅行にいきます」っていってたら変やん。

という例えで説明しています。

私たちは宇宙の中で生きているのに、「宇宙」と「自分」を別のものだと思っている。

その発想自体が不思議なのかもしれない。

このスケールの大きな考え方が、とても面白いと感じました。


「こめつぶに宇宙をみる」

「一によって全てを見る」

という龍樹の後輩の言葉が出てきます。

それを著者は、

「こめつぶに宇宙をみる」

と表現していました。

私はこの言い換えが、とても好きです。

小さなお米の中に宇宙を見る。

日本には八百万の神がいて、米粒一つにも神様が宿ると言われるけど、それに近いように感じました。

日常のほんの小さなものから、宇宙までスケールが広がっていく表現が、とても美しいと感じました。

紙の本だからこそ味わえる演出

この本には、いままで味わったことのない、驚きの仕掛けがあります。

禅について説明する章で、著者はこう悩みます。

「言葉を捨てることを教える禅を、本という言葉だけの媒体でどう説明すればいいんだろう。」

そして次のページをめくると……

数ページにわたって、真っ白なページが続くのです。

最初は「え? 落丁?」と思いました。

でも、それこそが禅でした。

言葉では説明できないものを、言葉を使わずに伝えてくる。

そのトンチの聞いた表現に思わず笑ってしまいました。

ぜひ紙の本で体験してほしい一冊です。


読み終えて思ったこと

過去の私と今の私は違うことがある。

誰かの話を聞いて考えが変わることもあれば、その時の気分で、まったく違う答えにたどり着くこともあります。

でも、そのたびに

「一貫性がない。」

「昨日と言っていることが違う。」

そんな自分を、どこか格好悪いと思っていました。

一度決めたことを変えるのはよくないことだと思っていたんです。


子どもの頃から、

「習い事は簡単に辞めてはいけない。」

「就職したら三年は続けなさい。」

そんな言葉をよく聞きます。

もちろん、勢いだけで何でも辞めてしまうのは違うと思います。

でも、「三年」という数字に、本当に根拠はあるのでしょうか。

よく考えた結果、

「これは自分には合わない。」

と思ったのなら、昨日とは違う選択をしてもいい。

それは、一貫性がないのではなく、新しい視点を手に入れたということなのかもしれません。


この本を読んでからは、

「昨日の私」と「今日の私」が違っていても、それを否定しなくていいと思えるようになりました。

変わることを、良いことか悪いことかと決めなくてもいい。

そのときの自分を、そのまま受け入れて、自分の気持ちに正直でいること。

その積み重ねが、あとから人生を振り返ったときに、「これでよかった」と思える選択につながっていくのではないかと思えました。


そして、ずっと「本当の自分」を探してたのは

本当の自分が見つかれば「自分らしく生きることができる」と思っていたからです。

大人になれば、

もっとたくさん経験を積めば、

自分の内側と向き合えば、

いつか「これが本当の私だ」と思える日が来るのだと、どこかで信じていたんです。

でも、

「本当の自分」は探すものではなかった。

「自分らしさ」というものに、こだわる必要もない。

元気な日も、何もできない日も、どちらも私。

その瞬間、その瞬間の自分を受け入れていくこと。

それが「自分」と一緒に生きていくということなのかもしれません。

「本当の自分」を探している人にも、

「昨日の自分」に縛られて苦しくなっている人にも、

クスッと笑える本を探している人にも、

「自分とは何だろう」と考えたことがあるすべての人に、読んでほしい一冊です。

『自分とか、ないから。』が好きな人におすすめの本


『世界99(上・下)』/村田沙耶香

「自分なんてない」という言葉をきいて、まっさきに思い浮かんだのは、この小説でした。

性格のない人間・如月空子。
彼女の特技は、〈呼応〉と〈トレース〉を駆使し、コミュニティごとにふさわしい人格を作りあげること。

東洋哲学とは関係ないけど、「自分なんてない」1人の女性の一生を描いています。
長いですが、主人公から目が離せず、ページをめくる手が止まらなくなります。

⬇︎上下巻セットでの購入がおすすめです。

⬇︎まずは上巻からという方はこちらから


『コンビニ人間』/村田沙耶香

世界99は、長いのでハードルが高いという方におすすめなのはこちらの小説。

また村田沙耶香さんです。村田作品は「自分とかない」に通ずるものが多い気がします。

その中でも、芥川賞受賞作で、すぐに読み切れる非常に薄い本をご紹介します。

36歳未婚、彼氏なし。コンビニのバイト歴18年目の古倉恵子。
日々コンビニ食を食べ、夢の中でもレジを打ち、
「店員」でいるときのみ世界の歯車になれる――。

「コンビニ店員として生まれる前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思い出せない。」という言葉が衝撃的でした。

でも、なぜか少し共感してしまう村田沙耶香マジックです。


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